匂い
高校時代って、残酷だ。
顔がいいやつ、勉強ができるやつ、脚が早いやつ、話が面白いやつのところに、人が集まる。
何一つ持っていない男なんかには、誰も見向きしない。
「悟君、ちょっといいかな?」
なんて可愛い子が声をかけてきたと思えば、おおよそ誰かにこれ伝えてくれる?なんてお願いの話だ。
別の断る理由もないし、断らないことも知って俺に頼んでいることを知っているのだから、これはこれでいい。
「いいよ」
そう答えると、ありがとってニッコリ可愛い顔を見せる。
フワッていい匂いを残して、俺の横を通り過ぎて行った。
きっと、永遠に俺には縁のないその匂いを消すように、俺はバイクにまたがる。
胸のところが痛くて、スピードを上げた。
一瞬で、あの子の笑顔も匂いも薄れて行く。
「いいわけ……ないじゃないか」
ヒーロー
バイク好きになったのは、兄貴の影響が大きい。
年の離れた兄弟だった俺にとって、兄貴は遠い存在だった。
今思えば、年齢的にもできて当たり前のことを当たり前にしていただけなのだが、俺にとってヒーローみたいな存在で、大好きだった。
そんな憧れだった兄貴は、大のバイク好きで、いつもバイクをいじっていた。
ある日、いつも以上に丁寧に磨き上げている様子を見て、俺はいつもと違う何かを感じていた。
まだ子供だったけれど、兄貴は勝負に出るんだなって思った。
「兄ちゃん、バイクかっこいいね」
なんでそんなことを言ったのか自分でもわからなかったけれど、俺なりの応援のつもりだった。
「だろう?」
兄貴は笑っていた。
その後、兄貴は綺麗な女の人を連れてきて、それから間もなく結婚した。
たぶん、あの日兄貴はあの人を後ろに乗せたんだろう。
俺がもし、誰か俺の後ろに乗せる日がくるのなら、やっぱり好きな人がいい。
バイク好きの言い分
バイク好きは、やっぱりバイク好きな女性が良いと思う。
一緒に、バイクのかっこよさや醍醐味を話せる人と一緒にいたい。
何なら、俺よりもバイクを愛してくれる人と一緒にいたいとさえ思う。
「ねえ、ずっと前から気になっていたんだけど、悟君てバイク好きなの?」
「うん、良かったら乗る?」
「え?いいの?やったー!」
高校生時代、何度も妄想したあの子が自分に向けてる笑顔と独り占めしたあの子の匂い。
何にも叶えられなかったけれど、でもやっぱり、バイクを好きになって良かったと思う。
俺の全部を、バイクは知っていてくれるから。
サクラ
春のツーリングが好きだ。
花粉症に悩まされることのない体質で、本当に良かったと思っている。
そして、もう一つ良かったと思っていることがある。
出かける時は、必ず花が綺麗な場所を探して出発している。
彼女が花好きだからだ。
甘い匂いを一切させないその人は、バイクも俺のことも愛してくれる人。
ヘルメットをかぶってヘアスタイルが変になったなんて気にすることもなく、茶色く染めたショートカットを振り乱しながらバイクから降りてくる。
「私何したらいい?」
「どうしたらいいか言って……」
明日はどこへ行こうか?
あのサクラの名所に行ってみようか?
*バイク乗りの妄想を書いてみました。