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エアーズロックで見たものとは

優しさ

多くの人がそうであるように、自分にも何度か挫折的なものがあった。
何か大きな壁にぶつかったというよりも、自分の内側にあるドロドロとした嫌なものを見つけた時にそれを感じるのだ。

もともと、できた人間じゃない。
全然、理想の人間なんかじゃない。
本当に強い人でなければ優しくなんてできないと言われるけれど、その言葉をあらためて噛みしめる。
今の時代は、とくにそうだ。

優しくしたいと思っても、受け取る人が悪に感じてしまったら、ただの不気味な人間と認識されてしまう。
アイツに会いたい……
最近そう思うのは、勇気が出せず、どんどん小さくまとまっていく自分が許せないからかもしれない。

アイツのこと

大昔、まだ大学生だった頃の話だ。
アイツはぱっとしない、お世辞にもイケてる男ではなかった。
そう、クズな自分は、どこかでアイツのことを下に見ていたんだ。
どんなに自分が落ちたとしても、最悪アイツよりも落ちた人間にはならない。
そんな風に思っていたのだ。

二人で海外に行こうと決めたのは、たいして楽しくもない毎日のなかで、何かシゲキが欲しかったからだ。
そうだ、エアーズロックを見に行こう!そう言いだしたのは、俺だったのかアイツだったのか。

初めて訪れたその場所に、俺もアイツも圧倒された声が出なかった。
涙があふれた。
堂々としていて、大きくて、ただある。

貧乏旅行だったけれど、来て良かったと思ったのは、二人とも同じだった。
「俺、好きな子がいるんだ」
アイツが、エアーズロックを目の前にしてつぶやいた。
「は?」

驚いた。
アイツは決心したように言った。
「俺、告白するよ。その勇気をもらった」

勝者

やめとけ。
俺の本音はこうだった。
でも、アイツの決心はかたくて、帰国後すぐに同じ大学の子に気持ちを伝えると言ってきた。
俺も見たことがある女の子で、サラサラした黒髪が印象的な綺麗な人だった。

よりよって、おまえ、それは無理だ!
悪いことは言わない、良い思い出にしておけ。
ゴタゴタすれば、この先顔を合わせるのが気まずくなるぞ。

確かそんなことを、俺は言ったような気がする。
でもアイツは笑っているだけで、「撃沈してくるよ」そう答えるだけだった。

「ダメだったよ」
数日後、予想通りの連絡がきた。
「ボロ負け、撃沈、完敗、超ダサいよな俺」

アイツに対して全く驚きはしなかったけれど、別のところでびっくりしたことがあった。
連絡を貰ったあの瞬間、俺はアイツに負けたと思ったのだ。
アイツは、俺の1000倍カッコよかった。

「そんなことないよ、おまえ、マジでカッコいいよ。おごるよ、酒飲みに行こうぜ」
そういうと、どういうわけか俺の目からも熱いものがこぼれ落ちた。

それぞれの道

アイツとは、卒業後別々の道に進んだこともあり、会うことは一度もない。
風の便りで、今は結婚して子どももいると聞く。

俺に連絡してこないということは、もうアイツの人生に俺は不要ということなのだろう。

*カッコいい男について考えてみました。