なぜ深夜にバイクを走らせたくなるのか
眠れない夜、ふとヘルメットを手に取ってしまうことがある。
理由なんて特にない。ただ、静まり返った街の空気を切り裂いて走る感覚が欲しいだけなのだ。昼間の喧騒が嘘のように静まり返った国道を、単気筒エンジンの鼓動を感じながらひたすらに北へと向かう。交差点の信号機だけが、規則正しく黄色い点滅を繰り返している。
そんな非日常的な空間に身を置くと、日中の仕事のプレッシャーや人間関係のしがらみといった、頭の中を渦巻いていたノイズが少しずつクリアになっていくのを感じる。バイクという乗り物は、孤独を増幅させるようでいて、実は自分自身と素直に向き合うための大切な時間を与えてくれる特別な装置なのかもしれない。
夜の闇に溶け込むように走っていると、不思議と心が穏やかになっていくのを感じる。
誰もいないサービスエリアが持つ独特の空気とは
目的のない深夜のツーリングでも、最終的にはどこかのサービスエリアに吸い込まれるようにバイクを停めることが多い。煌々と輝く水銀灯の下、広大な駐車場には長距離トラックが数台停まっているだけで、乗用車の姿はまばらだ。
エンジンを切ると、それまで耳を支配していた排気音が消え、代わりに遠くの高速道路を走り去る車の乾いた走行音だけが響いてくる。自動販売機が並ぶコーナーだけが不自然なほど明るく、まるで夜の砂漠に浮かぶオアシスのようにも見える。この時間帯のサービスエリアには、昼間の賑わいからは想像もつかないような、独特のけだるさと静寂が同居している。
誰も自分を知らない、そして誰にも干渉されないこの空白の空間が、今の自分にはひどく居心地が良いのだ。ただ一人でベンチに座っているだけで、不思議と満たされていく。
缶コーヒーの温もりが教えてくれることとは
煌びやかな自動販売機にお札を入れ、迷うことなくいつもの微糖の缶コーヒーのボタンを押す。ガコンという鈍い音とともに落ちてきた小さなスチール缶は、冷え切った指先をじんわりと温めてくれる。たった百三十円の飲み物なのに、深夜のサービスエリアで飲むこの一杯は、どんな高級なカフェのコーヒーよりも深く体に染み渡る気がするのだ。
ひとくち飲むごとに、バイクの振動で強張っていた筋肉がゆっくりとほぐれていくのがわかる。明日もまた、平凡で忙しい日常が始まるのだろう。でも、この静かな夜の寄り道と、手のひらから伝わるささやかな温もりがあれば、もう少しだけ頑張れるような気がしてくる。
空になった缶をゴミ箱に捨て、再びヘルメットを被る。さあ、そろそろ家へ帰ろう。夜明け前の冷たい風の中へ、また走り出す時間だ。
